面出し(カバーが見えるようにディスプレイされた状態)されたその本を一目見た瞬間、「わ、いいなあ」と思ってすぐ手に取ってしまった。どこかのデパートの屋上と思しきその風景写真。ミニミニ遊園地の上空には、青空と雲。そしてタイトルが「焼き餃子と名画座」と来た。いいねえ。平松洋子さんかあ。オレが読んでもいいかなぁ。だって平松洋子さんといったら、特に女性に大人気のエッセイストで、毎日キチンキチンと自分や家族のために食事を作っている人、しゃんと背筋が伸びた自分の生活を持っている人のための書き手というイメージがあって、ほぼ外食オンリーのダメ中年にはマブしすぎて……。
でもなんだかカバーの写真は「ま、いいんじゃない?」と言っているような気もするし、だいいち焼き餃子だよ。名画座だぜ。よし、と覚悟(?)を決めてレジに持って行き、結果、大正解。ああ、面白かった。
「つながってるなあ」と、思う。「自分の地図を一枚」という冒頭の一篇は、西荻窪歩き。著者の地元である。プロフィールを見ると、著者は東京女子大学の出身。西荻窪で女子大通りといったらトンジョ(東京女子大のこと)方面に行く道のことであり、大学生の頃からずっと平松さんは西荻窪なのだ。むろん、途中で西荻窪以外の地にも住んだには違いないけれど、やっぱり、またニシオギ。つながっている。
つながっているのは町であり、記憶である。少々目的地が遠い気がしても、だいじょうぶ、時間さえあれば、道というものはどこまでもつながっていてどこまでも連れて行ってくれる。歳を重ねるごとに自信が無くなっていく記憶だって、ひとたびあのいい匂いを嗅ぎ、あの味を舌の上に乗せれば、サッと昨日のことのようによみがえる。それがうれしいし、それが楽しい。
この本は、料理をテーマやジャンルで分類したりせず、ただ網羅的に並べたりもせず、「昼どき」「小昼」「薄暮」「灯ともし頃」と、味わう時間帯ごとに四つにやわらかく分けてあるのがまず、ステキだ。「小昼」なんて言葉、自分のせかせかした日々の暮らしの中からは、とっくにいなくなってしまったよなあ。
【仕事場へ向かう途中に土の道がある。舗装されていない、土のうえにちいさな砂利がまばらに散らばったとてもみじかい一本道。歩くたび、やわらかな、しかしちいさい不安定を感じて足の裏がみょうに楽しい。わざわざ通らなくてもいい、もっと近道はあるというのに足が向かいたがる、歩きたがるのだ。】
おいしそうな食べ物や飲み物が山ほど出てくるのに、こんな「町歩き」の仕方に反応してしまう。それはむろん、筆者が「食」を上手につかまえられないからでもあるけれども、そればかりでもない。ふつう、「不安定」は「楽し」くないものなのに、でもこれは確かにちょっと良さそうだ、という説得力がある。アスファルトに土を対抗させる、という力みではなくて、「ちいさな砂利がまばらに散らばった」と正確に書いてある、そんな力の抜き加減。こうやって平松さんは、東京のあちらこちらを歩いて回る。おいしいものを、元気良くいただく。
【メニューを受け取って右から左へ、ゆっくりと視線を動かしていくカナコさんの気配に、真剣な空気が滲みはじめた。最後の一行まで読み終わり、ふたたび視線を最初の一行にもどし、そしてつぶやいた。
「――すごい」
でしょう。相づちを打つと、覆いかぶさるようにつづけたものである。
「とても読み飛ばせません。ふつうならさーっと右から左に流して読めば終わるはずなのに、それができない。かといってわかりにくいメニューが書いてあるわけでもない。オイールサーディン。セロリ(秘伝みそ)。コンビーフ。ひょうたんピクルス。じこいか。ハムカツ。焼きキウイとブルーチーズ。ポテトサラダ。いちじくのチョコレート……シンプルなメニューなのに行間に味わいがある。不思議です」
あなたをここに連れてきてよかった。そうなのよ、そのとおりなのです。】
これは、ハイボールを飲ませる銀座のバー「ロックフィッシュ」のメニューをめぐるくだり。『焼き餃子と名画座』ではしばしば、メニューについての記述があらわれる。これこれこんなおいしそうなものが書かれていた、という簡単な記載から、上記のように隅々まで読んでしまう話。メニューの文字を読んでいるだけで満足できるという話。
メニューは外で食事をする時の、いわば入り口。メニューの書き方、並び方、ただそれだけで、すでにかなりのパーセンテージ、その店の何かを物語ってしまっている。だからメニューは楽しく、ちょっと怖い。
それにしても、と思う。「メニューを読む」という行為の豊かさを思い出させてくれるというだけで、『焼き餃子と名画座』を買った甲斐があったというものだ。あれはサッ、チラッと「見る」もので、とても「読む」なんてこと、忘れていたな。そういえばメニューって、ちょっとだけいい紙を使っていて、軽い装飾があったりして、でもデザイン過多じゃなくって、使い込まれた感じがいいんだよね。ああ、できれば硬いカバーなんか付いていない、ほんの少しだけ厚手の、真ん中から二ツ折りにしただけのかんたんなメニューがいい。色は白。
この本の中で平松洋子さんが食べているものは、日々の中でふと思い立って、「そうだ、きょう、行ってみよう」というふうにして味わったものが多い。その俊敏さ。軽快さ。天気があんまりいいから、とか。中途半端に時間が空いちゃったから、とか。そんな暮らしのリズムの中から、自分の嗅覚でここぞという店を探し出す。その過程で、町の記憶が、地理が、季節が、そっと寄り添っていく。
巻末には店一覧も載っていて、だから読者が「追体験」することも可能。「実」のしっかりある本なのです。串いっぽんにお団子のような☆を5つ(☆☆☆☆☆)刺しちゃいます。
古書展で、洋食屋の戦前のメニューなんか見つけたら、きっと楽しいだろうな。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |