「ホラーだからと無視してはいけない!」と言ってしまったわけだが、ホラー・ファンには「『だから』って何だ『だから』って」と怒られそうだ。ただ、ホラー・ファンなら『Another』は絶対に買うだろうから、たいへん申し訳ないが放っておいていいような気がするのである。問題はミステリ・ファンだ。
綾辻行人の新作『Another』は、ホラーとして喧伝されている。しかもページ数は670ページ超、実に分厚い。おまけに、今世紀に入ってからの綾辻行人の長篇は、特にマニアの間では、素直に言って評判が良くなかった。この状況下で、『Another』をミステリ・ファンの人が積極的に手を伸ばすとは考えにくい。
しかし実は『Another』には、本格ミステリの技巧が目一杯詰まっている。論より証拠、作者は本書でホワイダニット、ハウダニット、フーダニットを全部やるのである。
粗筋を少しだけ紹介しましょう。
急死した人気者のクラスメイトが卒業まで「生きている」かのように、皆一致団結して演技し続けたクラスに、ある「呪い」がかかる。そして26年後の1998年、そのクラスに転入してきた15歳の榊原恒一は、眼帯を付けた不思議な少女ミサキ・メイが他のクラスメイトや教師に、まるでいないかのように扱われていることに気付いた。果たして彼女は何者か? クラスの皆は何をしているのか? 不審に思った恒一はメイに話しかけたが……。
物語はその後複数回、状況変化を繰り返すため、これ以上のストーリー紹介はできない。よって何がどうホワイダニットで、誰がいつハウダニットを問題にするかは明かせないが、これだけは言っておいても良いだろう。本書は、座敷わらしは誰かを当てるフーダニットでもある。「そんなの小野不由美が『くらのかみ』でやったではないか」と言われそうだが、私がここで座敷わらしと表現したのはあくまで便宜上のこと、実際はそんな暢気なモノではないので、安心して(?)サスペンスフルなストーリーを楽しんでください。
さて本書はホラーである以上、スーパーナチュラルな要素が相当量含まれている。ただし、怪奇現象はしっかりとしたルールに基づいて起きるため、野放図な怪奇譚・幻想譚にはならない。いやそれどころか、ホラーであることを逆手にとり、たとえば冒頭の《主人公を除くクラスの全員が、ある不思議な生徒を無視している》などの奇怪な状況の正体についても、ある程度は理屈で詰められるように描かれているのだ。加えて(しつこいようだが)先述のように、フーダニット・ハウダニット・ホワイダニットが繰り広げられるのである。
というわけで、本書は西澤保彦や山口雅也の一部作品のような「一定の特殊ルール下での本格ミステリ」と読解することができる。しかも伏線は緻密にして大胆だし、頻発する話の急展もあくまで真相から逆算されている(ゆえに、途中で全くダレない!)。雰囲気も起きている事象も完全にホラーのそれだが、プロット上の技巧は、多くを「本格ミステリ」に依っているのである。
こういう作品の真価は、ミステリに親しんでいる人にこそ理解できるのではないか。「ホラーだから」と読まないミステリ・ファンは、本当に勿体ないことをしていると思う。
さらに、このホラー+ミステリとしての骨組の上に、物語という肉が乗る。これもまた素晴らしく、恒一とメイのボーイ・ミーツ・ガールや、近しい人の「死」「告別」「老い」への少年期の感慨などが、綾辻ならではの涼やかで流麗な筆致で、瑞々しく描き出されている。おまけに主人公の恒一はちょっと押しが弱い少年で、こういうキャラクターを描かせたら綾辻行人は本当に天下一品である。ただでさえ雰囲気醸出がうまいこと、そして先述の構成のうまさとも相俟って、『Another』はリーダビリティに優れた作品となった。
綾辻行人はデビュー以来ほぼ一貫して、本格ミステリとホラー双方への偏愛を隠さなかった。『Another』には、従来この作家の特徴と思われていた要素全てが、最良の形で詰まっている。まさに集大成にして最高傑作、読まない手はありません。特に、ここ10年ほどの綾辻行人に失望していた人には、是非とも読んでいただきたい。
個人的には、東野圭吾の『新参者』と並べて、今期国内ミステリのベストに推したい。評価は当然☆☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |
東野圭吾『新参者』の書評も収めています。ぜひお楽しみください。
『新参者』 レビュワー/酒井貞道 書評を読む