立川志の輔の落語のマクラに「落語というのは、落語家の話をお客さんが自分の頭のなかで再現しなくてはならない、世界にも稀な芸である」というのがあるのだけど、それをいうなら、本の世界は自分で読まなくてはならないし、なかでも小説の場合は情景を頭に思い浮かべたり、場合によってはそこに書かれていることを疑うということまでしなくてはならないのだから、さらに面倒なこと甚だしい。つまりはそれだけ想像力を必要とし、また刺激するともいえるわけで、その部分が本と音楽の世界に共通するところであろう。ただし、音楽は肉体性という一般性の高い愉悦を伴うので、この点において、本が好きな人には音楽も好きな人が多いが、音楽が好きな人が本も好きとは限らないということになる。
いずれにしても、小説のなかにおける音楽シーンが、他の部分の記述以上に読む者に心に染み込んでくるのは、その歌や曲が、耳に聞こえてくるかのような気分にさせられるからであり、それはつまるところ、音楽というものの体で感じることのできる表現の強烈さゆえだ。
というわけで、小説のなかで音楽が登場すると人一倍気になり、また敏感に反応してしまったりする(多くはうれしくなる)小説好きは世に多い。今回の特集では、そこで鳴っている音楽が各々異なる3つの作品を選んだ。すべてアメリカ作品になってしまったが、それは今回のレビュワーがいまおすすめしたい作品ということでセレクトしたらそういうことになってしまっただけで、もちろん他にも読むべき作品はあるだろう。今回は3人のレビュワーが1本ずつ書いた特集である。ティム・オブライエン『世界のすべての7月』について小尾隆さんが、ジョナサン・レセム『孤独の要塞』について大城譲司さんがレビュー。リチャード・パワーズ『われらが歌う時』については編集担当・塚本が書いた。
『世界のすべての7月』では60年代ポップス・ロックが甘くせつない時代を浮かび上がらせる。『孤独の要塞』においてはヒップホップがリアルなストリート・ミュージックとしてニューヨークを席巻する。『われらが歌う時』では、クラシックだけではなく20世紀のアメリカの街やラジオで聞こえてきた音楽が鳴り響く。音楽マニア必読!!