そこでかわいいクララちゃんなんて女の子と知り合ったりなんかしちゃって、けっきょくカールくんは、約束の時間に戻ろうと努力したものの、なんだかんだポランダーさんたちの陰謀で(?)けっきょく約束の時間になってもヤーコプ叔父さんの屋敷へ戻れませんでした。するとヤーコプさんはやにわに怒り心頭、手紙を書いて、使いの者にその手紙を託し、ポランダーさんの家気付でカールくんに届けました。その手紙はこんな文面でした、「自分は原理を尊ぶ人間であり、その原理に従って今日まで事業を成功させてきた。おまえは私の原理に逆らった最初の人間だ。きょうの出来事に照らして、おまえを放逐する。今後、決して私の前に現れないこと。」
がーーん!!! やっぱりカフカだ、この受難な展開。ついでながら、このとき、(盗まれたとばかりおもっていた傘とトランクは、船に残っていたのを機関士が見つけてヤーコプさんのところへ送り届けてきたそうで)、使いの者がそれらをカールくんに手渡しました。そしてカールくんは、とうとうアメリカで、誰ひとり頼る人のいない、天涯孤独のひとりぼっちの十七歳の少年になっちゃったのでした。さぁ、ここからがいよいよ、カールくんのサヴァイヴァルの旅の、始まり始まり。
カールくんは、ホテルのエレヴェーター・ボーイになったり、なんとか人生を切り拓こうとがんばるわけなんだけれど、これがまたねぇ、行く先々でいっしゅん巧い具合にいきそうになるんだけれど、結局、うまくいかないんだなぁ。読んでるこっちも、おいおい、もうちょっと巧い立ち回りようがあるだろう、って、ついつい気を揉んじゃう。ま、カールくんが人懐こくて明るいのが救いでね。ま、そんなこんなでアメリカを転がっていった果てに、カールくんがたどり着いたのは、なんとオクラホマ劇場だった。なんていうか、実に考えさせられる展開でしょ。そっかぁ、オクラホマ劇場に入団かぁ。そりゃあ、劇場の連中は、「世界でいちばん大きな劇場」なんて言ってるけどね、天使役もいれば悪魔役もいっぱいいて、いっけんとても華やかだ。そんなオクラホマ劇場に、「ネグロ、ヨーロッパの中卒」なんて書類に書かれて、黒人枠で裏方仕事に就く。なんだか微妙。
たぶんね、オクラホマ劇場って、サーカスみたいな劇団じゃないかとおもうんだ。そしてカールくんがオクラホマ劇場の裏方になるってのが、この物語のエンディングなわけ。ま、とりように拠っては、たしかにユートピアなのかもしれないけれど。ま、いちおうハッピーエンドと言えないこともないのかもしれないけれど、しかしね、カフカの書き方もひんやりした調子だし、また読者にとっても、決して、胸のなかに虹色の空気が満ちるような、夢のあるエンディングとは、ほど遠いんだなぁ。超微妙でしょ?
そう言えばね、カフカは日記にこう記していたらしいよ、「ロスマンとK。罪なき者と罪ある者。とどのつまり、両者はひとしく罰として殺される。ただ罪なき者は打ち倒されるというよりも、軽やかな手でそっとわきへ押しやられるように消えていく。」これはすなわち著者のカフカが、自作の『失踪者』のカール・ロスマンと、『審判』のヨゼフKを対照的に扱い、そして、ふたりを主人公にしたふたつの物語をコインの両面のように考えていたことを物語っています。
そう言えば、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のエンディングも、せつなかったね。ホールデンは自分が、コドモたちの遊ぶライ麦畑で、コドモたちが落っこちないように捕まえる捕手になりたい、かなんか言うんだよね、たしか。
ホールデンはうっとりした瞳で語ってるみたいなんだけど、でもね、そんなせりふ聞かされるこっちにとっちゃ、「そんな仕事ないっつーの。あんたどうやって生きてくの、これから!??」って言うような、やきもきした気持ちになっちゃう。カフカのこの作品『失踪者』も似てるんだなぁ。イノセントっていう主題を扱うと、やっぱこうなっちゃうかしら。なんだかねぇ。もっとも、初期のカポーティあたりだったら、イノセントにこそ断固勝利を与えるだろうけれど。