この、北の津軽藩の密貿易に加えて、南の島津藩の密貿易、それぞれにその儲けを賄賂として送って幕閣を動かそうと意図する者、あわよくば次の将軍の座を狙おうという者達と、主人公たちの戦いが繰り広げられる。という次第。
主人公たちの行動を見ている現幕府の実力派がいて、時に助けたり、あまり深入りされても困ると煙たがられたり、この加減がうまい。奥右筆ごときに、現幕府の秘密を握られるのも面白くないのである。
現幕府側、反幕府側、その間に立つ主人公たちが、三つどもえになって、それぞれの思惑で動き回り、話の奥行きが深い。
将軍の正室が、実は島津の娘なので島津の密貿易が見逃されているのだろう、などという話も出てきて、時代小説の「嵌め物」として実によくできている。
主人公が奥右筆ということもあって、すぐに刀を持っての争いにはならず、頭脳戦が続いてから、そこまで知られては生かしておくわけにはいかないといった展開になっていく。これは、このシリーズのスタイルになるんだろう。頭脳明晰な奥右筆が、あれやこれや調べると結果的に「あちら(次の将軍の座をねらっている方々)も悪いですが、あなたたち(現幕府を汚れた手で支えている人々)も悪辣ではありますなぁ」と、両方の裏側を知ることになる。こうなると命をねらわれても仕方がないのである。
津軽藩と隣の南部藩はずっと不仲で、地図上で八甲田山の西側の津軽藩と、八甲田山の東側と今の岩手県をカバーするほどの南部藩はことごとく対立。一度勉強したが、津軽藩は南部藩の「家来筋」にあたって、南部からすれば憎くて憎くてどうしようもないのである。もし、津軽藩の増収が認定されると、藩主が江戸城に詰めたとき、南部藩の藩主のいる部屋より格上の部屋に津軽藩主が入れる可能性がある、ということも目的か、とされる。表だった目的、隠された狙いが層をなして、そこここに争いが発生する。それをこんがらがらないよう、実に見事に書いていく。話の流れに身を任せればいい読者は、幸運だ。
ちなみに(煽る気はないが)今現在も津軽の人と南部の人は相容れないし、文化が違う。
奥右筆が職務上目にする書類に端を発して大きな陰謀が発覚するといった展開なので、市井の事件ではなく天下国家を騒がす事件が中心。まぁ、表立たずに終わるが、その闇の世界での争いを楽しませてくれるこの連作小説、いや「ここまでは」面白いのなんの。
ということで、そうそう「事件が続くか?」と心配しつつも、早く次が読みたい。
奥右筆の立花併右衛門の娘と、護衛を引き受けている柊衛悟の仲がどうなるか、と別の線でもちゃんと読者を引き込む巧さ、それに引き込まれてどんどん夢中になってしまう。とても上質の時代小説だと思いますよ。