私と火坂作品の最初の出会いは、『骨董屋征次郎手控』でした。私が骨董好きだったため手にした一冊だったのですが、作者自身も骨董好きの様子で、作品に流れるその空気感にすっかり好意を抱き、以後、著者の得意とする戦国ものを読むようになったのであります。
ここでも、茶人をはじめとする数奇者(すきしゃ)が次々と登場し、乱れに乱れた戦乱の中で一個の茶碗や一本の花木に人生を賭ける美の探究者たちの姿に心打たれずにはいられませんでした。
ところで、今回、来年のNHK大河ドラマの原作として話題の『天地人』をはじめとする彼の長篇ではなく、あえて短篇集ばかりのレビューを選んだのには、実は、訳があります。それは、まだ火坂作品を読んだことがないという方に、この作家がどんなモチーフやテーマで作品を書いているのかということをいち早く理解していただける方法だと思ったからであります。
短篇に限らず長篇のどの作品も、一本筋が通ったこだわりや美意識に裏打ちされているところが、私の琴線に触れたのですが、同時に、彼の作品は、肩が凝らずに気軽に読めるというのも大変な魅力なのであります。
ひと言で説明すると、火坂雅志は、「エンターテイメント精神にあふれた、歴史・時代作家」と言っていいと思っています。
もちろん、この短篇集も定評のある戦国もの。時は、豪奢で華麗な文化が花開いた桃山時代。秀吉の世に、ある時は権力をパトロンとし、ある時はその権力に反発しながら、自らの世界を追い求めた美の変革者たちの物語です。
巻頭は、秀吉の御咄衆(おはなしのしゅう)を扱った『笑って候』。
次は、表題作、千利休の知遇を得、幻の紫椿を求める花作り又三の話、『利休椿』。
そして、醍醐の花見に於ける二人の包丁人の料理勝負、『包丁奥義』。
これも夢幻の花、天女花を探し求める若き辻が花染め師の恋を描いた『辻が花』。喝食上がりの連歌師、里村紹巴(じようは)の這い上がり人生、『天下百韻』。嵯峨野の山荘で一夜を共にした忘れえぬ女性との記憶に手繰り寄せられ、再び、京にやってきた天下無双の美男の話、『山三の恋』。
最後は、大和四座が伝えてきた一子相伝の秘曲に纏わる天才能楽師・喜多七太夫の物語、『関寺小町』。の、七篇であります。
それでは、この中のいくつかを、もう少し詳しく紹介していきましょう。
まずは、『笑って候』。これは、落語の祖と言われる安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)と、笑いにかけては不世出の天才、頓知の曽呂利新左衛門とのライバル話です。
曽呂利新左衛門の本名は、杉本甚右衛門。彼は堺の腕のいい鞘師。彼の作った鞘に刀をあてがうと、ソロリと音も立てずに入るから、曽呂利の名で呼ばれるようになったという…。
その曽呂利甚右衛門、「秀吉が四石の米を買いかねて 今日も五斗買い明日も五斗買い」<羽柴さまは、長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)を討つといって、四国にご渡海するするといって、なかなか渡海しないと皮肉ったもの>という狂歌を書いて大道筋の四ツ辻に高札を立てた。これが秀吉の逆鱗に触れ、斬首されるところとなる。しかるに、秀吉や側近衆が居並ぶお白洲で、彼は、当意即妙の笑い話を連発し、命拾いをした上に、御咄衆(おはなしのしゅう)に取り立てられるというウルトラCをやってのける。
そこで、甚右衛門は、一度は死んだ身ゆえ、新しく生まれ変わったつもりで新左衛門と名乗る。そして、そんな新左衛門と天下一の咄家・策伝の御咄衆としての笑い合戦の日々がはじまるのであります。