このところ立て続けに“江戸時代”の武士の内幕(生活)ものを読んでいる。もともと興味のあった世界だが、なぜか書店棚で目につくようになったのはこの頃だ。時代小説しかり、果たして、いまは時代ブームなのだろうか。江戸ブームだろうか。まさかNHKの大河ドラマ「篤姫」の影響か。
時代は決まって幕末。徳川に支配されていた世の中も長くなって、武士社会も少々たるんできているという格好の背景がある。かつて私たちが理解した武士社会は、古くは東映の時代劇にはじまって、TVドラマのヒーローの世界か、はたまた池波正太郎描く「鬼平犯科帳」。でも、それが実態とは異なっていることを経験的に知っている。そこでついこの手の本を一読となる。
この本は、中でも江戸にある大名屋敷の実態を、出入りの商人の資料を通して書いている。当時の江戸はサラリーマン化した武士で右往左往していた、という。江戸城の周辺は有力な大名の屋敷ばかり(江戸のほとんどの土地は大名屋敷だったという事実)。F・ベアト撮影の芝の愛宕山から見た屋敷街の写真も挿入されていて、軒を連ね密集した屋敷の様子がよくわかり、武士の通勤地獄もむべなるかな。よく理解できていなかった上屋敷、中屋敷、下屋敷、抱屋敷などの違いもあきらかにされて、目からウロコの、江戸早わかりお勉強本。
尾張藩に出入りする近在の豪農、中村家。この中村家がし尿の汲み取り権を争った貴重な資料がこの本の骨格を成している。肥を屋敷から有料でもらって、農民に与えるビジネス。しかし、編集でいじりすぎて、あまりにビジネスの一面ばかりに光を当てようとしているところに無理がある。もっと素直に武士のサラリーマン世界の裏側をワイドショーのように土足で入ってみたかった気もする。
以前読んだ『御畳奉行日記』(中公新書)が、その点では面白かった。舞台こそ江戸ではなく尾張なのだが、あまりに人間的な振る舞いと、ことなかれ主義のサラリーマン世界が描かれていて、面白い。現代のサラリーマンに通じるところがある。もともとは尾張徳川の畳奉行職(現在の中間管理職)の朝日文左衛門重章が26年にわたって書き綴った日記『鸚鵡篭中記』が元になっている。元禄時代の仕事には触れずに、もっぱら世の中のことばかり書いている。変人といえば変人だが、こうして嗜好を丸出しにして何十年もただひたすら日記を書くという作業は、まさに変人ゆえの所業。
この本と双璧を成すのが、『旗本夫人が見た江戸のたそがれ』(文春新書)。幕末の江戸城近く、九段坂下にある旗本・井関家の後妻、井関隆子が著した日記が元になっている。
日記は天保11年(1840)から15年までの5年間に書かれた。隆子56歳から60歳のもの。時は11代将軍・家斉(いえなり)のころ。大奥に勤める家人を通じて、江戸城の内部、旗本の生活、江戸の行事が書かれている。好奇心が人一倍強く、しかも厳しい批評精神の持ち主、と聞いただけで読みたくなるだろう。表題の本との併読を勧めたい。
話はそれるが、この井関家のあったところは、現在の九段下は九段会館の前、りそな銀行のあるあたり。池波犯科帳で「鬼平」の屋敷のあったところ。なぜか門番が屋敷をそっと抜け出し、夜食の夜鳴きうどんを食っているところが目に浮かぶ。