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落合博満 変人の研究

落合博満のナゾに迫る、馴れ合いや予定調和からはるかに遠い本。

ねじめ正一
新潮社随筆・エッセイ] [ノンフィクション] 国内
2008.04  版型:B6
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レビュワー/中島雄人

白眉は『週間ベースボール』の600回を越える豊田泰光の連載「俺が許さん」をもじった「俺はまだ許さん」という章の対談。
鳴り物全盛の応援団を「もううるさいだけ。檻の中に入れたらいい。あいつら、野球を見ていないですよ」とまずは右前へ軽打、豊田節にスイッチが入る。
「最初に、オレみたいな臍曲がりに落合を語らせていいのか、という問題があるね。しょせん、同類だから」と笑いながら前置き、醒めた視線を自他に確認してから、
「でも、本気で褒めている人は、野球界にはいないでしょうね。好きか嫌いかというと、嫌いな方が多い。<中略>あれだけ嫌われて、よく落合は我慢しているな、と思ったりもしてね」
ただ、同じ嫌われ者でも、落合と野村は嫌われ方がちょっと違うんじゃないかというねじめの問いに豊田は、野球は好人物では勝てないとした上で、
「野村という人間はどうも臭い。<中略>で、『野村スコープ』って何だという話になってゆく。野球をやっていて、升目に分けたゾーンですべて語れるみたいな、あんなウソくさい話はありえないです。野村は、自分ができっこないようなことを平気でいうんです。落合は、野村みたいな作り話はしません」
「野村さんは、野球を一回止めて語るでしょう。<中略>落合は、野球を止めて語っていませんよね」
「それは、野手とキャッチャーの差でしょう。キャッチャーは、ボンと球握ったら、止まっていられる。ピッチャーに返したり、ボールを替えたり、タイムをかけてマウンドに行ったり、自分から野球を止める権利を持っている。でも、野手にはその権利がないから、いつも動なんです。だから、落合は動で物を考えていくんですよ。キャッチャーだけですよ、話をバチッと止めて考える癖がつくのは」
野村の言い分も聞いてみたいところだが、落合を語るのに野村を引き合いに出して、二人のはなしは野球の懐の深いところへ届こうとする。

落合を語るときいまや必ずといっていいほど持ち上がるのが、昨季日本シリーズにおける「山井大介の完全試合問題」。中日3勝1敗で迎えた第5戦。8回を終え1対0で中日リードして53年ぶりの優勝が目前。ここまで一人の走者も出しておらず、9回を3人で片付ければシリーズ初の快挙、完全試合達成となる山井を岩瀬に代えた采配について、たとえば中日OBの谷沢健一は「落合は監督の器ではない」とご自分のことはすっかり棚に上げて気色ばむし、スポーツライターの「玉木正之さんなんか、野球ファンを辞めるとか、ヒステリックに批判していて、そんなに簡単に辞めていいものかと思いますけど」とこれはねじめの弁、しばらくのあいだ世間はずいぶん騒がしかった。
「オレなら代えないね。<中略>ただ、みんなが一つ見落としていたことがあるんです。山井を代えようが代えまいが、あそこで負けて困る人間は、日本中でただ一人、監督の落合だけですよ。周りでわいわい言っている連中は、勝とうが負けようがどうでもいいわけだから」

バックスクリーン横へ試合を決める一打といったところか、豊田の面目躍如だ。外野はしょせん外野、外からは絶対にうかがい知れない事情がダグアウトの内にはいくらもある。ひとり最終判断を下す指揮官の重圧や孤独に、またその決断が導いたいかなる結果に、岡目八目はどれほど近づこうとも当たらない。それがどれほど正しかろうと。そのことを踏まえず省みず、世はつねに外野の声でやかましい。豊田はそれを前提にして事の本質に迫ろうとつねに果敢だから、一見荒々しい、ときに人を喰ったような物言いも陰影に富んでいて説得力がある。誤解を招きかねない尖って烈しいことばにも、口に出したからにはぜんぶテメエで引き受けるぜといったような覚悟が感じられてすがすがしい。「ものの言ひ方が明るいので、深刻な話をしても景気がいい」とは、これは丸谷才一の豊田評。逆に、旧かなづかいを用いる丸谷を、豊田が「でせふ」の人とどこかで言っていたのを読んだか聞いたが、いかにもこの人らしい。
豊田からそうしたことばをいくつも引き出したねじめの功もある。「豊田氏とは、男同士が思いっきり腹を割って話し合えたという喜びがある」とあとがきにある

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落合博満 変人の研究
ねじめ正一
新潮社随筆・エッセイ] [ノンフィクション] 国内
2008.04  版型:B6
価格:1,365円(税込)
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