戦国時代における忍者集団の暗躍は、敵対国への諜報活動でもたらされる情報と、策略や奇襲を駆使して臨む戦略として、時の合戦の勝敗を大きく左右した。天下取りをめざす乱世の大名は、こうした「裏兵法」の戦いに欠かせぬ存在として多くの忍者を召し抱え、あるいは一時的に雇い入れて、間諜として平時の調略及び有事の際の謀略に備えて全国に放った。群雄割拠の時代、全盛期には上野国(群馬県)と信濃国(長野県)だけでも千人を優に超える忍者が存在したらしい。しかし、ほとんどの忍者は名前すら判らず、その実像の多くは明らかにされる事なく、また忍者なるが故に小説などで面白く演出された虚像も多く描かれているのが現状だと言う。
この『戦国忍者列伝』は、記録文書にその名を残している忍者から時代を戦国に絞り80人に厳選して、そのキャラクターと戦場での働きぶりを克明に追いかけた労作である。また、これまでの出版物にはなかった忍者系列と流派別人物像を扱った人物辞典を目指したと著者は書いている。
第一章では戦国大名と忍者集団の関係性について触れ、戦国忍者の使命からその流儀の発生や地域性と出自の解説なども含めて流派別による記述などが興味深い。
実際、本書を読んでみると代表的な忍者集団として知られる「伊賀流忍者」や「甲賀流忍者」をはじめ、三ッ者と呼ばれた「武田流忍者」、軒猿の総称で有名な「上杉忍者」、風魔一党として恐れられた「北条忍者」、ゲリラ戦が得意な「真田流忍者」、忍びの兵である世鬼一族「毛利忍者」、西国に聞こえた鉢屋一党「尼子忍者」、そして鉄砲集団でもある根来衆・雑賀党の「紀州流忍者」などが続々登場する武勇列伝なのである。
第二章には一人ひとりの忍者が主な合戦でどのような働きをしたか、戦国忍者厳選80人が人物列伝にしてまとめてあり、本書の中核を成してさすがに圧巻である。
幾つかを紹介すると、例えば「音羽の城戸」と呼ばれた鉄砲名人である伊賀者の城戸弥左衛門。特に謀術と火術に優れ鉄砲の腕前は抜群で、狙った獲物は必ず仕留めたと言う。天正七年、石山本願寺の合戦で和睦が進む中、琵琶湖畔に差掛かった信長を狙って銃弾を浴びせたが、信長愛用である朱の大唐笠の柄が砕けて本人に怪我はない。狙撃した翌日、菓子折りを持参して信長に目通りし、昨日の銃撃は伊賀か甲賀の忍びの者であろうと言い、自ら犯人探索の役目を願い出て許されるという強かさである。さすがの信長も、「音羽の城戸」の堂々たる態度に犯人とは思わず、まんまと一杯食わされたエピソードが紹介される。