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電車の運転―運転士が語る鉄道のしくみ

何事もない「平凡な毎日」こそプロフェッショナルの誇り。
ただし、許されるのは10秒以内。

宇田賢吉
中央公論新社中公新書ノンフィクション] 国内
2008.05  版型:新書
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レビュワー/堀和世

特に著者自身が「職人芸」と呼ぶのが、ブレーキ操作だ。理想的なブレーキは、高速度から大きな一定の力で用い、最後に緩めて停止位置に合わせる。が、これが一筋縄ではいかない。著者によれば、速いスピードで駅に進入してきて、停止位置をごくわずか行きすぎるのと、ノロノロと入ってきて停止位置に合わせるのとでは、前者のほうが運転士の仲間内では評価が高いという。後者は無駄なブレーキを使ったために必要以上に速度が落ち、結果として電車の遅れを招くからだ。

曲線(カーブ)には速度制限がある。例えばJRだとR400(半径400メートルの円弧)のカーブの制限速度は原則、時速70キロに定められているという。これを超えて走ると遠心力で脱線する恐れがある。かといって、60キロで走ればいいかといえば、そうではない。制限速度70キロのカーブは70キロで通過するのが望ましい。また、制限個所の数十メートルも前から制限速度に落としてしまうのは、運転士からすれば「もったいない」ということになる。

しかし、制限個所の始端にちょうど合わせて速度を落とすのは、これまた至難の業だ。電車は自動車に比べ、はるかにブレーキが効きにくい(逆に言えば慣性力が高い。つまり省エネ運転ができる)。素人の勝手な感覚では、クルマを運転していて、まだ見えない10個先の赤信号で止まるため、ほとんど効かないブレーキを何十秒も一生懸命踏み続けるような心もとなさがあるのではないか。

ブレーキが早すぎれば無駄なスピードダウンになる(=遅れを生む)し、遅いとオーバーランする。だから、運転士は一人一人、あらかじめ道中に目標を見つけ、ブレーキを使い始める地点を決めているという。しかし、それぞれの駅や速度制限があるカーブなどブレーキを使うべき個所はあまたある。そのすべてについて、ブレーキ開始地点を覚えているということだろうか。

その通りである。著者いわく、運転士は<線路の曲線や勾配、駅の配線から信号機の位置に至るまでマスターする>。運転士の頭の中には自分が走る線路のことが「すべて詰まっている」という。そして、現役を退いて8年になる著者自身、こう言うのだ。<大阪駅の10番線進入の速度制限は? 広島駅の場内信号機の配列は? 米子駅3番線の9両編成の停止位置は? 瀬戸大橋の橋梁上の列車別の速度制限は? いずれも即答できる>。

年を取って涙腺が緩くなってきたのか、私はこれこそプロだと目頭が熱くなる思いがする。確かに、熱心な鉄道マニアならそれらの質問に答えられるかもしれない。しかし、プロが鉄ちゃんと違うのは(運転士がまた、往々にして筋金入りの鉄道マニアであることも承知しているが)、知識が「定時運転」という実績に裏打ちされて初めて価値を持つことだ。

だから、著者も現役時代なら、そのようなことをひけらかしはしなかっただろう。運転士として「当たり前」のことだからだ。が、一乗客として運転士の背中を後ろから眺める立場になった今、かつての自分に思いをはせながら、高い技能と専門知識を持つ現役の運転士たちを同僚として、仲間として「誇り」に感じている証しに違いない。

説明が遅れたが、著者は国鉄からJR西日本に移り、2000年に退職している。JR西日本といえば、107人が死亡した2005年のJR福知山線脱線事故を忘れることはできない。電車は制限時速70キロのカーブに116キロで進入し、脱線した。航空・鉄道事故調査委員会が2007年にまとめた「事故調査報告書」によると、事故原因は運転士のブレーキが遅れたことだ。

広く報道されている事故なので、詳細を述べる必要はないだろう。運転士は直前の駅でオーバーランのミスをしたことにより、懲罰的な「日勤教育」や、運転士を辞めさせられることを恐れ、注意が散漫になった可能性がある――と報告書では述べられている。

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電車の運転―運転士が語る鉄道のしくみ
宇田賢吉
中央公論新社中公新書ノンフィクション] 国内
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