山本兼一『利休にたずねよ』が、第一四〇回直木賞を受賞した(天童荒太『悼む人』と同時受賞)。デビューから七年、四回目のノミネートでの受賞は、最近の直木賞がベテラン作家を顕彰する傾向が強いことを考えれば、スピード受賞といえるだろう。
織田信長に仕えた鷹匠・小林家鷹を主人公に、鷹匠の技術と職人の心意気をリアルに描いた『白鷹伝』(祥伝社文庫)でデビューした山本兼一は、その後も、信長に居住可能な七重の天守閣を持つ安土城を建てることを命じられた棟梁の又右衛門が、想像を絶する難工事に挑む第一一回松本清張賞受賞作『火天の城』(文藝春秋)、信長に鉄砲を教えた橋本一巴の波乱に満ちた人生に迫る『雷神の筒』(集英社)、甲冑師からより高い技術が求められる刀鍛冶に転じた長曽袮興里(後の虎徹)が、厳しい修行の末に日本を代表する刀鍛冶になるまでを描く『いっしん虎徹』(文藝春秋)など、政治や経済に焦点を当てることの多い歴史小説の中にあって、技術者の視点から歴史を切り取る斬新な作品で注目を集めていた。
妥協を許さない職人の世界を舞台にしているだけに重厚な物語も多かったが、最近は、幕末の京で骨董商を営む夫婦が、骨董の目利きで坂本龍馬を始めとする幕末の英雄を救う『千両花嫁』(文藝春秋)や、折紙(鑑定書)をありがたがる武家に嫌気がさし、町の刀屋の婿になった光三郎が、刀をめぐるトラブルを解決していく『狂い咲き正宗』(講談社)のように、ミステリー的な趣向やユーモアを交えた時代小説も増え、作風に広がりを見せている。
直木賞を受賞した『利休にたずねよ』は、侘び茶を確立した一人の技術者=千利休の本質に迫る芸術(家)小説であり、題材が題材だけに茶器や骨董に関する情報も満載なので、山本兼一の集大成的な作品といっても過言ではあるまい。
利休の生涯――特に利休が豊臣秀吉に切腹を命じられた理由については、大徳寺山門の上に利休の雪駄履きの立像が置かれた、茶器の売買で私服を肥やした、唐御陣(いわゆる朝鮮出兵)に反対した、秀吉を中心にした中央集権国家の建設を目論む石田三成が、秀吉の相談役的な地位にあった利休を排斥したなど様々な説があり、明智光秀を操って本能寺の変を演出したとされる黒幕の正体は誰かという謎や、忠臣蔵における浅野内匠頭刃傷の原因などと並ぶ歴史小説の激戦区となっている。これまでも海音寺潮五郎『茶道太閤記』(文春文庫・新潮文庫、ともに絶版)、野上彌生子『秀吉と利休』(中公文庫・新潮文庫、ともに絶版)、井上靖『本覚坊遺文』(講談社文芸文庫)など、多くの作家が利休切腹の謎に取り組んできたが、山本兼一は従来の仮説を説得力のあるロジックで否定。天下統一で世俗の権威をすべて手に入れた秀吉が、“美意識”という自分の手の届かない形而上学の世界を支配する利休に嫉妬したことが、切腹の遠因になったとする。ただ茶人としての秀吉を凡庸と断じるのではなく、下賤の身から天下人になった類い稀な感性を持っていたからこそ、利休を許せないほどジェラシーを感じるようになったとしているのが面白い。
と書いてしまうとネタバレに思えるかもしれないが、利休と秀吉の確執は冒頭部で明かされているので、特に問題になることはないのだ。それよりも『利休にたずねよ』が目指しているのは、利休がどのようにして独自の“美意識”を確立したかにある。クライマックスに置かれることの多かった賜死の秘密をさらりと書いているのは、本作品によって今までにない利休像を作り上げることができる、という山本兼一の自信の現われのように思えてならない。