本書は、マイナーな「悪ガキバンド」時代から、惜しまれつつ…よく分からなかった解散までの13年間、4689日の全記録。副題にクロニクルとあるように、日記形式で、いつどんなことがあったかが細大漏らさず収められている。それはライブ、レコーディングであり、ラジオ出演、テレビや映画出演などであり、そのための打ち合わせや移動であり、その時々の4人やまわりの人たちの発言であり、なによりもビートルズ・サウンドが生まれる現場の状況――現在これ以上詳しく正確なものはなく、その意味で「バイブル」といっていい。前述の物議をかもした「キリスト発言」前後の様子など、手に取るよう。今後、ビートルズについてなにか書きたい、もの言いたい向きは、第一次資料となるだろう。
ビートルズ本は無数にある。しかし、本書はドキュメンタリーであり、「事実」のみが記されている点に価値がある。12年にわたり、400人以上に聞き書きをした著者の情熱の賜物だ。
おかげで、普通の音楽好きの少年たちが、いかにして、毎日どこで何をして、20世紀を代表するミュージシャンになったのか、ありのままの姿を、余計な思い入れなしに知ることができる。
とくにデビュー前後の初々しい様子は読んでいて、心愉しくスリリング。照明といえば60ワットの白熱電灯ひとつ。リバプールの青果倉庫を改造したキャバーン・クラブ。衛生局の検査官からみれば悪夢に近い地下のクラブ。そこでの成功を聞きつけ、「一日15ポンド以上の仕事を見つけてくるぞ。マネージメント料は25%でどうだ」などと言い寄ってくるプロモーターたち。そのひとり、エプスタインはホモセクシュアル・・・。
たぶん、若さと音楽との関係は、時代と洋の東西を問わず、こういうもんだ、活力あるって、いいよな。
本書で、日本公演のあとをたどってみよう。
7月3日朝、宿舎の東京ヒルトンホテルから羽田空港へ。香港・啓徳空港の貴賓室で70分間のトランジット。同日、マニラ着。4日、独立の英雄ホセ・リサール記念サッカー場で昼夜2回のコンサート。計8万人を集めたフィリピン公演を済ませて、5日にバンコック経由で一路、ニューデリーへ。インド音楽で一息つきたいと念じていたが、空港にも600人のファンが殺到。結局、予定を切り上げ帰国となり、8日午前6時にヒースロー空港着。こういう経過が一目瞭然。
また、ドラマーをリンゴ・スターに差し替えようとピート・ベストを追い出す時の冷たいやり方、そのピートとライブ会場でばったり出会う場面――いまや「音楽史」のひとコマも、正確に紹介されている。
たくさんある読みどころのひとつは、解散にいたる数年間のメンバーの様子だろう。ヨーコが解散の原因だと信じているファンはまだに多い。しかし、「なにごともキチンとしないと気がすまない」ポールの性格によるところが大きかった。そんなことも分かってくる。この辺は、行間を読み取ってでください。ミステリー小説をしのぐ面白さです。
ビートルズの全記録だから、当然、本は大きくて厚い。週刊誌サイズ(B5)で512ページ(厚さ3センチ)。しかし重さは1キロちょっと。電車の中でも気軽に読めます。でも、最高の読み方は、やっぱり自分の好きなビートルズのアルバムを聴きながら…でしょう。巻末の〔デビュー前も含むライブ・レコーディングでの演奏データ〕、〔実現しなかった出演契約記録〕、〔国別コンサート会場リスト〕は圧巻。
読み進むにしたがって、かれらの成長も確認・共有できる。その点で、ノンフィクションの形を借りた優れた教養小説ともいえる。浮世の憂さをしばし忘れて愉しめる本!