文章の達者な作家の後に並べるといじめのようだが、大門剛明『雪冤』は、第29回横溝正史ミステリー大賞受賞作という、新人のデビュー作との事情を勘定に入れたとしても、もう少しなんとかならんかと言いたくなるような文章が続出する作品である。特に多いのが会話文だ。しかしそれは無理のないことで、この作品では法律上のややこしい概念を読者に伝えるため、登場人物たちの問答形式で専門用語の咀嚼を行っているのである。そうしたくだりでは、登場人物が「応報的正義は例えるなら……そうだな、遠山の金さんって時代劇があるだろ? 桜吹雪がどうとかいう」などと言い出しても仕方がないわけですね。
そうした欠点があるにはあるが、読むべき小説である。作者には訴えたい思いがある。それを読者に伝えるために、なりふりかまわずにあらゆる手を尽くし、時には土下座も辞さないという構えを見せて、作者はこの小説を書いているのだ。強い思いが真っ直ぐに読者の胸へと届いてくる。かっこ悪くてもいいじゃないですか。そういう真剣な態度で書かれた小説、私は嫌いではないな。
冒頭で、男女二人が殺される事件が起きる。被害者と交流があった青年が逮捕され、死刑を宣告される。彼の父親は必死に真犯人を探し続けるのだが、世間の目は冷たく、一向に事態は好転しないのである。そんな中、青年の父親と被害者の妹のもとに電話がかかってくる。メロスを名乗る人物は、自分こそが十五年前の事件の真犯人であり、時効が成立しさえすれば警察に自首する準備もあると告げるのだった。タイムリミット・サスペンスとして展開する前半部は、なかなかの迫力なのだが、関係者の秘められた過去が明らかになっていく後半部は、作者が欲張りすぎたために整理がよくないと感じるし、偶然の要素に頼りすぎでもある。たとえば、ホームレスが重要証人として出てくる箇所があるのだが、同じ場所に何年も動かずにいるホームレスが都合よくいて話を聞くことができる、という幸運がそうたびたび起こるものだろうか。
よし、欠点があることは潔く認めよう。それでも、現代日本の死刑制度について、殺人事件の関係者の視点を借りてさまざまな角度から切り込みながら問題点を明らかにしていくという、本書の中心テーマは素晴らしいものである。読みながら、少しずつ頭が明晰になっていく感じが味わえる小説でもある。何かについて考えるとっかかりが得られるというのは、絶対に良いことなのだ。甘い評価を承知で☆☆☆をつけておく。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |