もう一冊ミステリーを紹介しておきたい。獅子宮敏彦『神国崩壊』である。四つの短篇を作中作としてプロローグとエピローグで挟みこんだ、いわゆる枠物語の手法がとられている。四篇のうちの表題作は、二〇〇三年に第十回創元推理短篇賞を受賞した作品だ。
中国にあった架空の帝国で起きた話ということになっている。その華王朝には禁書とされた書物があった。正史から抹消された史実が記載されているためだ。禁書を集めていた王侯の一人がある日宮中で殺害される。探偵府と呼ばれる機関に属する利春が、実際にその禁書を調べることで殺人事件の動機を探ろうとして、廃墟となったかつての都に潜入するのである。ここまでがプロローグで、以下は作中作の部分である。四篇で描かれているのは、現代日本を舞台にしては絶対に書けなかっただろう、奇想天外な謎物語ばかりだ。たとえば「マテンドーラの戦い」で扱われるのは、高い壁を巡らし、門を堅く閉ざして籠城していたはずの要塞が、騎馬民族の侵攻によって全滅させられる、という謎だ。敵は、空中から襲ってきたとしか思えないのである。また「帝国擾乱」では、砂漠の中に築かれた都が忽然として消滅した後に再び姿を現すという奇蹟が描かれている。
どんなにありえない答えでも、他の可能性を除外していった後に残ったものが真相である、という消去法の信仰がミステリーの世界にはある。上に紹介した二篇では、その消去法マジックをつきつめた謎解きが楽しめるのだ。表題作の趣向は異なっていて、毒殺トリックの変種が扱われている。これは消去法というよりは、ちょっとした気付きによって答えが導かれる謎解きであろう。多胡輝『頭の体操』的というべきか。
謎解きもさることながら、各篇が架空の歴史を描いた時代小説としても楽しく読めるというのが本書の最大の美点だろう。「輦の誕生」は、中国史に関心がある人なら誰でも知っている逸話をパロディにしたような人物が出てきて、しかも『そして誰もいなくなった』を思わせる孤島ミステリーであるという楽しい話だ。四篇の中ではもっとも手の込んだ謎解きが行われるのだが、剣戟場面も多くて読者サービスも怠りない。
枠物語全体の謎解きはさほど関心しなかったが、それはおまけと見るべきだ。四篇のおもしろさで十分にお釣りがくるレベルだ。ちょっと甘いが評価は☆☆☆☆としておく。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |