幼い頃から剣道一筋、ストイックに修行に励んできた磯山香織と、家庭の事情で日舞から剣道に転向し、勝敗よりも自分を高める剣道を理想とする西荻(後に離婚した両親が復縁したため甲本姓に戻る)早苗——同じ道を歩みながらも対照的な性格の女子高校生を主人公にした直球の青春小説〈武士道〉シリーズが、本書『武士道エイティーン』で完結した。香織と早苗の進級にあわせるように年一冊のペースで刊行されてきたので、一作目の『武士道シックスティーン』(文藝春秋)では高校一年だった二人も三年生になり、後輩の指導や将来の進路など新たな難問に頭を悩ませることになる。
前二作は香織と早苗が交互に語り手となっていたが、本書は早苗の姉・緑子や、早苗の高校の剣道部顧問・吉野正治といった第三者の語りも挿入されているので、物語がより立体的になっている。
クールな人気モデルの緑子が、恋と仕事を両立させていた時代の苦労話を語る「バスと歩道橋と留守電メッセージ」は、恋愛要素が少ない硬派な展開を続けてきたシリーズのアクセントになっているし、香織が剣道を学んだ桐谷道場の知られざる歴史が明らかになる「兄、桐谷隆明」は、柴田錬三郎の怪奇剣豪小説を思わせるテイストがある。高校時代の吉野が三〇人の不良と戦ったという武勇伝の真実に迫る「実録・百道浜決戦」は、往年の不良マンガ(もしくは大映ドラマ)を彷彿とさせるので、主人公の両親の世代の方が楽しめるかもしれない。
こうした外伝的なエピソードは一見すると香織や早苗とは無関係に思えるが、読み進めるうちに、二人の成長と不可分に結びついていることも分かってくる。香織と早苗の直接対決をクライマックスにするようなベタな展開を避けたことも含め、読者の期待をよい意味で裏切ってくれているので、先が読めないスリリングな展開が楽しめる。
主人公が高校三年生だけに、本書のテーマは進路となっている。剣道のようにプロリーグもなく、企業が宣伝を兼ねて選手を雇う可能性も低いマイナー競技の場合、剣道を一生の仕事にするのは難しい。剣道だけに打ち込める幸福な高校時代が終わるのを目前にして、二人はどのような結論を下すのか? それが本書の真のクライマックスといえるだろう。
二人は別々の道を歩み始めることになるが、著者は剣道から離れることをネガティブにとらえていない。たとえ途中で進路を変更することになっても、過去の経験は決して無駄にならないことを示し、新たな一歩を踏み出す人たちにエールを贈っているのだ。これは時代の荒波に翻弄されまっすぐ進むのが難しい若い世代はもちろん、固定観念から抜け出せない大人にも、自分の殻を打ち破る勇気を与えてくれるのではないだろうか。最後まで心地よい刺激と感動を与えてくれた物語は☆☆☆☆★。ラストは大学篇の開始も予感させるので、新シリーズ(四部作か?)にも期待したい。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
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これは困った | ☆ |