大正初期から昭和四〇年代まで弁士、漫談家として活躍した徳川夢声。その人気は凄まじく、吉川英治『宮本武蔵』が国民的な名作になったのは、一九三九年から徳川夢声がNHKラジオで行った朗読の影響との説もあるほどである。
夢声は小説家、エッセイストとしても多くの作品を残しているが、現在では、戦時中に日本の植民地支配を批判的にとらえた『夢声戦争日記』ばかりが有名になり、モダン趣味にあふれたユーモア小説は、ほとんど忘れ去られている。本書は、一九二〇年から四〇年代にかけて夢声が執筆したユーモア小説を復刻しただけでなく、『新四谷怪談』や『日本伝承童話』など六〇分以上の漫談を収録したCDも付いているので、「小説と漫談これ一冊で」とのタイトルに偽りなし。忘れられつつある夢声の業績が概観できる貴重な作品集となっている。
本書を一読して驚かせるのは、夢声の文体の読みやすさである。演芸の世界で培ったテクニックを駆使したためか、夢声の文章は、言文一致体と速記本の中間的な仕上がりになっていて、すらすらと頭に入ってくる。もしかしたら黙読するよりも、音読した方が心地よいかもしれない。語り手が随所に顏を出して、本筋とは関係ない話題を語るメタ的手法(これも演芸的な手法を再現しているだけなのだろうが)も楽しく、近代小説の文法にのっとっていないだけに、どこに連れて行かれるか分からない楽しさがある。
文体だけでなく、内容もバラエティ豊か。ストーリーが途中から三つに分岐する「錯覚劇筋書 ステッキ」は、一九九三年にフジテレビで放映されたドラマ『if もしも』(岩井俊二監督の「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」で有名)を思わせるアイディアの作品であるし、浦島太郎、花咲爺、猿蟹合戦を現代(一九三七年当時)にアレンジした連作は、ひねりの効いたオチもさることながら、随所にトーキーによって弁士の仕事がなくなった頃の恨み節が語られているので、映画史を知るうえでも貴重な資料となるだろう。
また古今亭志ん生の貧乏噺をベースにした「蛞蝓(なめくじ)大艦隊」は、じめじめした長屋に越して来た貧乏落語家夫婦が蛞蝓と果てしない戦いを繰り広げる芸人小説であると同時に、次々ふえる蛞蝓を艦隊に見立てることで軍事費の増大を皮肉っており、一九三七年にこの作品を書いたことも評価に値しよう。
二人の探偵が失踪した男の遺留品からプロフィールを推理する「即席実話」、ある男の細君が、菜切包丁を敲き潰す発作に襲われる理由を推理する「菜切包丁恐怖症」は探偵小説のパロディなのだが、探偵が推理をする時の手掛かりが恣意的に選ばれることを指摘しており、探偵小説論としても秀逸である。
だが収録作の中でも出色なのは、「連鎖反応 ヒロシマ・ユモレスク」と「幽霊大歓迎」の二作である。
「連鎖反応 ヒロシマ・ユモレスク」は、広島駅近くで被爆して重症を負った男が、親戚の家に避難するため地獄絵図のような広島市街を横断するのだが、主人公の頭をよぎるのは、この災厄で父親に押し付けられた縁談が断れるという想いと、隣りに住む美貌の人妻への淡い恋心だけなのだ。男が見ているのは死体の山が築かれている非現実なのに、考えているのは恋愛に結婚という何気ない日常。このギャップが、原爆によって死んだ多くの人々が、平凡な日常を奪われたことを強く印象づけ、“原爆は悲惨”、“核兵器廃絶”といった教条的なメッセージとは異なるレベルで、戦争と核兵器の恐怖に迫っていた。
「幽霊大歓迎」は、霊魂や怪異を信じていた夢声の実体験をベースにしたエッセイ風の作品なのだが、心霊実験から始まるセンセーショナルな物語を、友人の死を悼む人情譚へシフトさせた名人芸が光る。江戸川乱歩、渡辺啓介が顏を出したり、海野十三の追悼会の描写があったりと、戦後の探偵小説界の状況がうかがえるのも興味深かった。
本書は夢声を再評価しただけでなく、近代文学、探偵小説、都市文学、風俗文学、怪談に多興味があれば、新たな視点が次々と導き出せる無限の可能性を秘めている。
最近は、ミステリーを中心に戦前戦後のエンターテインメント小説の復刊が盛んで、自分もその末席で細々と仕事をしているのだが、他人の編著を読んで「やられた」と思ったことはなかった。しかし本書だけは、(実は復刊をにらんで夢声の作品を集めていたこともあって)「先を越された」と思ってしまった。だが、丁寧な編集と詳細な解説、解題を読むと、この形で刊行されたことが素直に喜べる。
素晴らしい仕事です。この本にかかわったすべての人に敬意を表し(実は初めてとなる)☆☆☆☆☆。満点です。
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