裏長屋で暮らす立原周乃介が、甥が殺された事件を追ううちに豪商の裏の顏に行き着く『夏の椿』(文春文庫)でデビューした北重人は、続篇となる『蒼火』(文春文庫)で大藪春彦賞を受賞。その後も、引退して里山を作った老忍者が、村の平和を守るため最後の戦いに打って出る『白疾風』(文春文庫)、水野忠邦の土地政策という珍しい題材をモチーフにした時代ミステリー『月芝居』(文藝春秋)、北前船が発着する湊町・水潟で暮らす人々を描いた人情味の強い連作集『汐のなごり』(徳間書店)などの秀作を矢継ぎ早に発表し、話題を集めていた。
五六歳でのデビューは遅咲きではあるが、現代の平均寿命を考えればまだまだ活躍が期待できただけに、二〇〇九年八月に急逝の報に接した時は本当に驚いたし、悲しみも大きかった。本書『夜明けの橋』は、その北重人の遺作となった連作集である。
物語は徳川家康の命令で大都市へと生まれ変わりつつある黎明期の江戸を舞台に、武士を捨て町人になれとの父の言葉に従って刀屋になった宗五郎が、男伊達を気取る旗本奴に因縁をつけられる「日照雨」、小領主の子として生まれながら、今や江戸に流れついて食うや食わずの生活を送る吉之助が、橋普請を指揮する元武将の用賀平蔵に救われ物作りの喜びを学ぶ「日本橋」、戦国の雄・北条氏に仕えた老人たちの昔話が、次第に武家の非情を浮かび上がらせる「梅花の下で」など、武士を捨てることを選んだ男たちのドラマを活写していく。
タイトルに“橋”の文字が入っていることからも分かる通り、作中では、筋違橋、日本橋、思案橋などが重要な役割を果たしている。川という境界線を繋ぐ橋を効果的に用いることで、戦国と太平の世、武士と町人、生きるための妥協と譲れぬプライドを前にして人生の選択を迫られる主人公の決断を、より印象深いものにしているのだ。
武士が不要になった時代に戸惑う本書の主人公たちは、不況による社会構造の変化に直面している現代人に似ている。「日照雨」に登場する旗本奴を、社会が固定化され、将来の希望が見出せなくなって暴力や犯罪に走る若者としていることからも、著者が江戸初期の混乱と現代を重ねようとしたことは見て取れるはずだ。
その意味で本書の主人公たちは、閉塞状況を打ち破る方法を模索しているのだが、著者が解答のひとつとしたのは、コミュニティの復権だったように思える。
作中に出てくる橋は、境界だけでなく、水運の町としてデザインされた江戸の誕生も象徴している。自分たちが暮らす町を作るという名も無き人々の信念とパワーがリンクしていく本書の大きな流れは、人と人が支えあえば新しい時代さえも作ることもできるという強いメッセージだったのである。これは建築と都市計画の専門家でもあった著者にしか書き得なかったテーマといえるだろう。
『夜明けの橋』は全七作が執筆される予定だったが、著者の死によって、五作で中絶したという。だが、それでも著者の熱い想いは、何の問題なく受け取ることができる。☆☆☆☆★としつつ、慎んでご冥福をお祈りしたい。
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