ずいぶん好き勝手にやっているね。
それが第一印象だった。新人の受賞作としては珍しいことである。作家本人の意図はどうだか知らないが、「獲りにきた」作品ではないという印象だったのだ。いや新人賞に応募しておいて、賞を獲りにこない人間はいないと思うけど。でもそうした印象は薄かった。好き勝手に書いてみたら賞を狙えそうな気がしてきたので応募しました。そう言われても納得するような気がする(『粘膜人間』の飴村行に似た匂いを私は嗅いだ)。第十三回日本ミステリー文学大賞新人賞に輝いた、両角長彦『ラガド 煉獄の教室』である。
都内の某私立中学校で事件が起きた、ということが最初に明かされる。教室に闖入した男が、包丁で一人の女子生徒をめった刺しにし、殺害したのだ。その場で男は現行犯逮捕されたが、一つ問題があった。事件のショックのためか、男は事件前後の一切の記憶を失っていたのだ。男の犯行は無差別殺人を意図したものだったのか。それとも特定の誰かをねらったものだったのか。その点を明らかにするため、捜査陣は異例の措置を行った。所轄署の地下に、犯行現場となった教室の原寸大のセットが設けられた。そこで警察官が四十名の生徒と犯人に扮し、当時の状況を忠実に繰り返させることになったのだ。狙いは犯人である日垣吉之に再現ドラマを見せ、当時の記憶を回復させることだった。
ところが、この再現劇が行われている間に、状況が変化してしまう。殺人事件の背景に、深刻ないじめの影が見え始めたのだ。さらに、警察の行動に不穏なものを嗅ぎつけたTV局が、事件の関係者を告発する特別番組の放映を決定し、思わぬ方向へと事態は進んでいく。
本書の特異な点は、再現劇や関係者の記憶によって何度も繰り返される事件当時の様子が、教室の見取り図によって表現されていることである。生徒一人ひとりに1から40までの番号が振られ、それによって個々の動きが示される(犯人は「犯」マーク)。極端な言い方をするならば、登場人物のほとんどは記号である。それでも成立するような、登場人物個々の感情を排除した世界で物語は進行していく。展開はめまぐるしく、ひっきりなしにどんでん返しが起きる(叙述に速度を与えるため、登場人物を記号化したのだろう)。ある事情から事件にはタイムリミットが設定されるし、やたらとスリルのある話なのだ。
それにしても登場人物が四十人超というのは多いだろう、無理にそういう設定にしなくてもよかったんじゃないのか。最初はそう思わされるのだが、それも仕掛けのうちだ。この物語では、真相を呈示するための消去法には四十人の生徒が必要なのである。それまでは無駄に多いだけと思われた四十人の生徒たちが、パズルのピースとしてあるべきところにはめられていく終盤の展開は圧巻である。はっきり言って小説としては穴がありまくりの作品なのだが、この部分だけは本当にすごい。読みながら、えええ、と身を乗り出してしまったほどで、稚気を超えた狂気さえ感じました。読者は選ぶ作品かもしれないが、私は☆☆☆☆をつけてもいいと思う。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |