繰り返すが、ベルリオーズは無神論者だ、ましてやその外国人が二千年まえのイエスの処刑をこの目で見てきたなどという話などばかばかしくて聞く気になれない、最初は外国人へのものめずらしさから話に入れてやったものの、いいかげんうっとおしくなって、悪魔なんていないんだ、と叫ぶ。すると外国人は微笑み、懇願した、せめて悪魔が存在することだけは信じてください。ふたりはすっかりうんざりし、その場を立ち去る。外国人はベルリオーズの背中に向かって叫ぶ、「キエフにいる叔父さんに電報を打たなくてもいいんですか?」 ベルリオーズは驚く、なぜ、そんなことを知っているんだ。
しかもその後の展開はなんとも不可解だ。ベルリオーズは足を滑らせ、そこに路面電車が突っ込んでくる。女性運転手は急ブレーキをかけたが、ベルリオーズの体を跳ね上げ、窓ガラスが割れる。もうだめだ、ベルリオーズの消え入る意識のなかで月が最後にきらめき、こなごなに砕け、やがて暗くなった。あわれ、ベルリオーズは、切断された首と、首のない胴体に分けられてしまった。(あの外国人は、何者なんだ!?? あの男はベルリオーズが死ぬ運命を予言した。そしてそれは当たった。若い詩人イワンは、呆然と見ている、ベルリオーズの切断された首を。)
それからというものけったいなことばかり起こる。豚みたいに太って見事な口髭をそなえたでっかい猫が、前足でコインを車掌の手に押しつけ、路面電車に乗り込もうとする光景をイワンは見かけた。断られると猫は、今度は車体の後部にひょいっと飛び乗り、ちゃっかり電車賃を節約していった。だが、それどころではない、あの外国人を追跡しなければならない。だが、追いかけても追いかけても接近できない、けっきょく見失ってしまう。きっと、あいつはモスクワ河へいるはずだ、とイワンは服を脱ぎ、泳いでみる。しかし岸辺へ戻ったときには服があらかたなくなっていて、残されたのは下着のパンツだけだった。しかも文藝家クラブの会員証までなくなっていた。イワンはボロボロの白シャツの胸に(悪魔退散のための!)イコンを安全ピンで留め、ズボンもはかずにパンツ一枚で歩きまわり、「ベルリオーズ殺し、ポンティウス・ピラトゥス、謎の外国人をつかまえなくては・・・」とわけのわからないことばかり言うものだから、けっきょく文学仲間での詩人のリューヒンに引きずられるように、精神病院へ連れられ、収容されてしまう。
例の怪しい外国人、黒魔術の専門家は、ヴォランド教授と名乗り、ヴァリエテ劇場で、特別プログラムを興行するようになる。オーケストラはジンタを演奏し、金髪女はミニスカートで一輪車に曲乗りし、天井からは、たくさんの紙幣がひらひらと舞い散る。観客たちは奪い合う。女たちには、さまざまな色彩とデザインをほどこされたパリ仕立ての婦人服や、羽飾りのついた帽子、スエードの革靴、宝石つきの靴、クリスタルの香水、絹のハンドバッグ、純金の口紅ケースが、惜しげもなくふるまわれた、お客の女たちがその夜着ている洋服や靴と引き換えに。場内は騒然である。司会者のベンガリスキイがなんとか場を沈めようとするが、うるさいよ、とばかりに言葉をしゃべる太った黒猫ベゲモードが、首を引っこを抜く。ショウは騒然である。ところが黒魔術ショウの後に、劇場から出てきた観客のなかには、帽子をかぶり傘を持ってシュミーズと紫色のパンティだけの姿の女が恥ずかしそうに隠れるように小走りする姿が見られた。ショウが終れば自動的に魔法が消えたのだ。タクシー運転手がまた災難で、その夜は誰もかれもが偽札をつかまされてしまう。そうなのだ、そのショウでふるまわれた紙幣はなんと偽札だったのだ。(※1)劇場の会計主任のラーストチキンは、財政部に売上を届けたとき、ルーブルがすべて外国紙幣に化けていて、逮捕されてしまう。