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古典部シリーズ――氷菓/愚者のエンドロール/クドリャフカの順番/遠まわりする雛

遠まわりする日々。

特集 米澤穂信ふたたび 【1】
米澤穂信
角川書店ミステリー] 国内
2001.11  版型:文庫
>>書籍情報のページへ
レビュワー/北條一浩

ところでこの、折木奉太郎の「省エネ主義」の今後が揺らぎ始めたのが第4作『遠まわりする雛』だ。本作は、これまでの3作がいずれも長編であったのに対し、シリーズ初の短編であり、これまで語られてきた種々のエピソードの隙間を埋めるような構成になっている。この4作目で4人のキャラクターの背景にいささかの書き込みがなされ、特に千反田えるのキャラクターに強い精彩が加わる。それは、本シリーズの新しいステージへの予感に満ちている。

【千反田は、十二単を着て現れた。
一番外が、橙。一つ内が、桃。浅葱。品良く落ちついた黄。白。模様は車輪。柔らかく重ねられた手には扇。扇には、五色の紐がかけられている。千反田は化粧して、伏し目で、そっと境内に歩み出る。ほんの数歩を歩くだけで、千反田は歩き方をマスターしているのだな、ということがわかった。
ああ、と俺は思った。
これは良くないな、と。こういう装いは良くない。しまった。たぶん、なんとしても、俺はここに来るべきではなかった。
というのは、つまり、どういうことかというと。
つまり……。】

短編集『遠まわりする雛』の最後の短編であり、表題作の最後のほうの場面。豪農・千反田家からほど近い水梨神社で、毎年、雛祭りが行なわれる。お内裏さまとお雛さまには傘を差しかける役目の者が必要だが、その役目の者が腕を脱臼する怪我をしてしまった。そこで、ピンチヒッターとして奉太郎に白羽の矢が立った。ところで水梨神社での雛祭りとは、女の子が着物を着飾り、「生き雛」となって先頭で行列を作り、集落へと歩く行為をさす。つまりそうだ。千反田えるに傘をさしかけて、後ろから奉太郎が歩くのである。

折木奉太郎と千反田える。「古典部シリーズ」は言うまでもなく4人が4人とも重要だが、福部里志と伊原摩耶花は、いわばジョージとリンゴである。ジョンとポールはやはり、折木奉太郎と千反田えるなのだ。高校1年生の男と女のあいだにあるもの。奉太郎に「しまった」と思わせるもの。そう。誰だって考えるのは、あれしかない。

その「あれ」を、米澤穂信はこれまで周到に回避してきた。それが揺らいでいる。揺るがせている。しかし単純に、そういう関係性へと落ちる、あるいは落とすかどうかはまったくもって不明だ。というのは、最後の短編「遠まわりする雛」の一つ前、「手作りチョコレート事件」における、伊原摩耶花からのチョコレートを“受け取る/受け取らない”に関する福部里志の態度が非常に難解で、しかもその難解さを、「遠まわりする雛」の最後の最後で、折木奉太郎に共感を持って追想させているからである。

【俺は知った。
福部里志が、どうして伊原のチョコレートを砕いたのか。
それは要するに、こういうことなのだ。
いま、宵闇迫るこの千反田邸で、俺が口にしたのが言いたかったことではなく、別の一言だったのと、たぶん同じ理由だったのだ。】

これはもはや、ミステリではない。いや、「あれ」に関する4人の、女2:男2の、それこそが最大のミステリなのだろうか。ああ、自分で書いていてまどろっこしい。あれとは要するに恋愛、なのだが、しかし恋愛と呼んでしまうとなにかが確実に矮小化してしまうような、そういう空気が「古典部シリーズ」には一貫して張り詰めている。いずれにせよ、このシリーズはたぶん、今後はいささか取り返しのつかない方向へと進んでいくと思われる。

シリーズ第5作目は、9月刊行予定、であるらしい。

ああ、どうなるのかな!

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