強いぞ、粘膜。
凄いぞ、粘膜。
たたかえ僕らのね・ん・ま・く・とーかーげー。
いや、失礼。あまりに本がおもしろかったので唄ってしまった。飴村行『粘膜蜥蜴』はおもしろいなあ。自分で文庫解説を書いた作品であるので本欄で採り上げることは気が引けるのだが、特例としてお許し願いたい。いや凄いわ、『粘膜蜥蜴』。
第十五回日本ホラー小説大賞長篇賞に輝いた『粘膜人間』がいかに素晴らしく、著者・飴村行がいかに才能に満ち溢れた人物であるかということは、このサイトのインタビューをお読みになった方ならすでにご存じのはずだ(まだの人はここからすぐにチェックだ!)。そのインタビューの際、飴村氏に同行していた編集者氏が、気になる発言をしていた。
角川編集者 (『粘膜蜥蜴』の)プロットだけ読ませてもらいましたが、傑作ですよ。今度は、さらに泣ける要素が加わっているという。
え、飴村行の小説に泣ける要素が、と思うでしょう。当然である。なにしろマラボウでソクソクで、おまけにグッチャネの作者なのだから。しかしこれは本当なのだ。『粘膜人間』でも、凶暴極まりない登場人物が、心中に外見からは想像がつかないほどの純情を宿しているという描写があったことをご記憶だろう。凶悪犯だって、捨てられた子猫を可愛がることはあるのである。家族に思いを寄せることはあるものなのである。逆に言えば、そうした優しい心の持ち主でありながら、他人に対する行いは残虐非道であるといった、辻褄の合わないありようが人間には可能だということだ。その矛盾を『粘膜蜥蜴』は鋭く描き出す。泣かせるけど非道な小説というものが、確かに世の中には存在するのである。
物語世界は前作とつながっている。すなわち十五年戦争さなかの日本だ。前作と違うところは、帝国陸軍が東南アジアのナムールという国を植民地化したという設定である。そのナムールにはさまざまな地下資源があり、労働力の供給源となるヘルビノがいた。ヘルビノとは、ヒューマノイドの形状だが頭部が蜥蜴の爬虫人である。日本人はそのヘルビノを連行し、単純労働に従事させていたのだ。『粘膜人間』では憲兵による凄惨な拷問場面が話題を呼んだが、本書でも旧日本軍が行ったさまざまな蛮行が、誇張された形で採り入れられている。また、第弐章「蜥蜴地獄」では南方戦線での悲惨な行軍の様子が描かれている。この部分は秘境小説そのものなので、秘境とかモンド・ムービーが大好きな人は必読である。UMAも出るよ! 中心人物は月ノ森雪麻呂という傲岸な少年と、その従者であるヘルビノの富蔵だ。この雪麻呂のせいでいろいろとえらいことが起きるのだが(例:彼の屋敷を訪ねた学友が死亡。もう一人の学友が、死体の処分を命じられ、監禁される)、まあ読んでのお楽しみ。前回の「髑髏」に当たる飛び道具が今回も準備されている、ということだけはお伝えしておこう。月ノ森雪麻呂が用いる「姫幻視」という秘薬である。よくもまあこんなものを考えたり。評価? もちろん☆☆☆☆☆を進呈する。これは必読だ。
「飴村行×杉江松恋 日本ホラー小説大賞長編賞受賞記念インタビュー」
>>インタビューを読む
飴村行作品については以下の書評も収めていますので、ぜひお楽しみください。
『粘膜人間』レビュワー/酒井貞道 書評を読む
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |