『世界名探偵倶楽部』のデ・サンティスは南米の作家だったが、『クリスタル・レイン』のバッケルは中米の島国グレナダ出身。考えすぎかもしれないし、中南米の事情に疎いからかもしれないが、二作ともアメリカ—ヨーロッパの社会や歴史、文化を外部の視線からシニカルに分析しているところなど、共通点も多いように思えた。
物語の舞台は、峻険なウィキッドハイ山脈で大陸部と隔てられ、ロアなる神が支配するナナガタと呼ばれる半島。山脈の向う側には邪神テオトルが、信者の人間に生贄の心臓を要求する祭政一致の宗教国家アステカを築いていたが、ある日、奇計を使ってナナガタへ大軍を送り込んでくる。主人公のジョン・デブルンは、記憶を失ってウィキッドハイ山脈の麓にある漁村に流れ着いたが、今は妻と子のいる平凡な漁師として暮らしていた。
ジョンには片腕がないが、それは極北への探検隊に加わった時になくしたようで、今は義手がわりに鉤爪を付けている(これが、昔懐かしい“海賊”のイメージであることは、改めて指摘するまでもないだろう)。ある日、村をアステカに襲われたジョンは、妻子とはぐれ、生贄として心臓をえぐり出されそうになるが、ナナガタに帰化したアステカ人を名乗るオアシクトルに助けられる。
ここから、物語はノンストップ。ジョンとオアシクトルの乗った飛行船とアステカの飛行船のチェイス&空中戦などは、ほんの小手調べ。中盤以降は、圧倒的な軍事力を誇るアステカに勝つために、氷に閉ざされた極北に眠る「マー・ウィー・ジュン」を掘り起こすため再びジョンが探検隊に参加、蒸気船に乗り込んで北を目指す。
途中でアステカの帆船との海戦も用意されているが、派手なアクションだけでなく、ジョンを監視するアステカのスパイや常にジョンの近くにいる謎の男ペッパーの動向など、静かな戦いもスリリングなのだ。さらにアステカが首都を陥落させるまでに「マー・ウィー・ジュン」を持ち帰らなければならないタイムリミット・サスペンスまでが加わるので、最後までまったく飽きさせない。
極北に到着したジョンの蒸気船は、キャタピラを出して巨大雪上車に変身。氷原を目的地へと進んでいくので、陸海空すべての冒険が楽しめる贅沢な作品となっている。
ナナガタは、かつては星間旅行をするほどの科学文明を誇っていたが、なぜか祖先がすべての機械を破壊。今は保存師が掘り起こす機械を修理するなどして、何とか蒸気機関を動力源とする(地球でいえば一九世紀くらいの)技術レベルまで快復している。
その意味ではスチームパンクでもあるのだが、これまでのスチームパンクがヨーロッパの首都を舞台にした都市文学だったのに対し、本書では蒸気自動車を先頭にしたカーニバルのシーンがあったり、帆船の帆に極彩色のイラストが描かれていたりと、中南米風のエキゾチックなガジェットにあふれている。それだけに、従来の作品とは一線を画すイマジネーションの数々には圧倒されてしまうだろう。
用語や世界観が特殊なので、出だしこそ敷居が高いが、ジョンの冒険が進むにつれて、なぜナナガタの先祖は機械を破壊したのか、ロア、テオトルとは何者なのか(本書に登場する神々は、象徴ではなく実態として存在している)、そして「マー・ウィー・ジュン」とは何かといった謎が、ベールが一枚、また一枚とはがされるように浮かび上がってくるので圧倒的な興奮がある。
高度な文明が滅び、昔の機械を発掘して再利用しているところや、蒸気船や飛行船が先端テクノロジーであるところなど、本書は宮崎駿が好む作品世界によく似ている。それだけに、『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』が好きなら絶対に楽しめるはずだ。
一六世紀にスペインに滅ぼされたアステカと同じ名、同じような政治体制にある国家が、先進国のナナガタを圧倒的な武力で蹂躙する展開は、世界史の勝者—敗者を逆転することで、ヨーロッパの中南米進出とは何だったのかを考えさせる思考実験だったようにも思えるし、実態を持った神が人間を操るところは、なぜ神の名のもとの戦争が現代まで続いているのかの問い掛けにもなっているように思えた。
息をもつかせぬスペクタクルの中に、さりげなく重いテーマを織り込む手腕も面白く☆☆☆☆★。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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