菊判で全九七三ページ。しかも2段組、3段組のページが多いので圧倒的なボリューム感がある。その中に、江戸川乱歩が生み出した日本を代表する名探偵・明智小五郎に関するありとあらゆるデータが詰め込まれているので、「読本」というより「全書」といった方が正確かもしれない。
ただでさえ、みっしりと活字が詰まっているのに、少しでも空きスペースがあれば、そこに短いコラムで埋めているので、まったく余白がない。このスタイルは、明智の生みの親・乱歩が刊行した『探偵小説四十年』の初版本を意識したのかもしれない。初版本『探偵小説四十年』は沖積社から復刻本が出ているので、興味のある方は比較してみるのも一興だろう。
まず驚かされるのは、住田忠久の資料収集にかける情熱である。乱歩が書いた“聖典”はもちろん、映画、テレビドラマ、舞台、ラジオドラマから、マンガ、絵物語、果ては乱歩名義で発表された推理クイズにまで目を通し、詳細な解説を書いているのだ。
昭和二三年に松竹が映画化した『一寸法師』はまだソフト化されていないので、プレスシートや台本などを参考にストーリーを再現、土曜ワイド劇場で明智小五郎を演じた天地茂の評伝「我らが明智小五郎! 天地茂」も掲載されているので、まさに隙なし。マニアの中には珍しい資料を独占することに悦びを感じる人もいるようだが、この本に参加しているメンバーにはそうしたイヤラシさがなく、自分が好きなものを多くの人に知ってもらいたい、一緒に楽しんでもらいたいという気持ちが感じられるので、読んでいるだけでワクワクする。
個人的に興味深かったのは、明智の解決した事件が何年の何月に起こったのかを分析した平山雄一の「明智小五郎年代学とその周辺」。
作中の何気ない一文から、物語内の時間を推理していくのだが、執筆当時の社会や文化の状況を手掛かりにしているので、作品の理解を深めるのにも役立つ。こうした実証的な研究は、光文社文庫版『江戸川乱歩全集』の注釈を担当し、その成果を『江戸川乱歩小説キーワード辞典』(東京書籍)にまとめた平山の面目躍如たるところである。
またNHK大阪が制作したもののマスター・テープが存在していないらしい『明智探偵事務所』の全エピソードを浜田知明が紹介しているのだが、これは中学時代に番組を見ていた浜田がノートに書き残していた感想がベースになっているという。中学生の頃から記録を残し、その記録を保存し続けているマニア魂には、本当に頭が下がる。動物学者の実吉達郎が書いた「明智・小林少年・二十面相と当時の少年」は、リアルタイムで少年探偵団ものを読んだ世代の貴重な記録である。
おそらく今後、このような本は出ない(出るとすれば、同じメンバーによる増補改訂版だろう)ことを考えれば、資料集「明智小五郎読本目録」だけでも定価分の価値はある。ただ好事家向けであることは間違いないので、編著者と執筆者に敬意を表しつつも☆ひとつを減じて☆☆☆☆。
明智関係の入門書で入手が容易なのは、別冊宝島から出ている『僕たちの好きな明智小五郎』と『僕たちの好きな怪人二十面相』になるが、この二冊を読んで物足りないと感じた方なら、☆☆☆☆☆以上の感動が味わえるはずだ。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |