『古事記』や『日本書紀』とは内容が異なる古代史を伝える“古史古伝”と呼ばれる文献がある。もちろん後世に捏造された偽書ばかりなのだが、“古史古伝”の記述を信じて研究している歴史愛好家(アカデミズムの歴史学者からは黙殺され、一般人からも“トンデモ”と揶揄されているのだが)も少なくない。
『太古の血脈』は、戦前から語り継がれてきた“古史古伝”を使って、ロマン豊かな伝奇世界を作り上げている。
一九二〇年代から三〇年代にかけて、日ユ同祖説(日本人とユダヤ人は共通の祖先を持つとする説)などの奇説を提唱した酒井勝軍(実在の人物)。本書の主人公は、今も一部には熱狂的なファンがいる勝軍の孫・勝一。祖父の影響もあって大学で歴史学を学んだものの、祖父の学説には批判的な勝一は、大学卒業後は大阪で塾の講師をして二五年、そろそろ引退を考える年になっていた。祖父の残したノートに、丹後の伊根に一五五年に一度姿を見せる島があるとの記述を見つけた勝一は、それを信じているというよりも、妻孝行のために旅行を計画していたが、その直前に妻が殺されてしまう。戸惑う勝一の前に、自分はサンカ(諸国の放浪する非定住民)だという男・当麻が現れる。やはり祖父のノートに、当麻が現れたらその言葉に従うことが明言されていたことから、勝一は当麻に導かれて、冒険の旅に出ることになる。
と、ここまでが約一五ページ。その後は全編が陰謀と冒険の物語なので、まさにノンストップ・スリラー。主人公の祖父が異端の歴史学者であるところや、祖父の手帳に書かれた記述を手掛かりにして一種の暗号を解いていくところは『ナショナル・トレジャー』シリーズを、古代遺跡に仕掛けられた殺人トラップをくぐり抜けて財宝に到達するアクション、強大な私設軍隊を持ち、政財界の要人を自在に操れる謎の男が敵であるところは『インディ・ジョーンズ』シリーズを思わせる(前半には、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』のクライマックスシーンへのオマージュもある)など、目まぐるしく冒険の舞台が変わり、主人公が次々と危機に見舞われる展開は、ハリウッド映画を見ているかのような興奮がある。
ただ大ヒット映画の影響を受けていることもあって、どこかで見たことあるようなシーンが連続するのも事実。作中には、日ユ同祖説のほかにも、聖徳太子の陰謀、神武天皇以前に世界を支配した天皇家の祖先の話、東北にあるキリストの墓、謎の金属ヒヒイロカネ、日本のピラミッドなど、有名な“古史古伝”は過不足なく紹介されているが、その内容は『古史古伝と偽書の謎』(新人物往来社)あたりを読んでいれば載っているような基本的な記述ばかりなので、初めて“古史古伝”に接する人は目新しいかもしれないが、多少なりともトンデモ歴史に接していれば驚くほどの情報がないのも残念だった。
“古史古伝”を利用して破天荒な物語を作る一方で、日本民族の優位を誇張する“古史古伝”を盲信する人間が増えたり、政治的に利用されたりすれば危険になるという事実を指摘したバランス感覚は、トンデモ史観を信じたオウム真理教がテロを起こした現実を考えれば評価できる。しかしアヤシイ仮説を本気でしんじていた三角寛や八切止夫の小説や研究書、半村良の〈伝説〉シリーズや五木寛之『戒厳令の夜』『風の王国』、星野之宣のマンガ『ヤマタイカ』などの傑作伝奇を読んでいると、どうしても小粒に見えてしまい☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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