歴史小説の書評などを書いていると、日本史に詳しいと思われることがあり、実際に歴史読物のような原稿を依頼されることもある。おそらく日本史に詳しい歴史小説評論家もいるのだろうが、自分の専門は近代日本文学なので、日本史は門外漢である。それでも歴史小説について書く時は、作者独自の歴史解釈や史実とフィクションの境界を見極めるため(当然ながら、フィクションの部分にこそ作家のメッセージが込められているので)、なるべく一次史料を当たるようにしている。明治以前の史料は漢文で書かれているものが多いので、大学院時代に必修だった漢文にもっと真剣に取り組んでおけばと悔やんだこともあった。こんなことを一〇年以上続けているので多少は知識の蓄積もできたが、歴史研究に関しては素人であることには変わりない。
なので、あくまで歴史の素人の見解ではあるが、『戦国武将とお姫様の残酷物語』からは得るものが何もなかった。
伊達政宗、武田信玄、織田信長、荒木村重らのエピソードを集めた『残酷な武将たちの話』は、取り上げられている戦国武将がメジャーな人物ばかりのうえに、比較的有名なエピソードを並べただけなので、歴史事典どころか、『信長の野望』や『戦国BASARA』などにオマケで入っている戦国武将の紹介記事を読むだけで同じようなネタを仕入れることができる。
史料に基づいて加賀一向一揆を攻めた信長の残虐を書いたと思えば、後世の創作との説が有力なのに、虐殺した側室の呪いで佐々成政の家名が断絶したとする「早百合伝説」も紹介している(この話が出てくるのは、史料的な価値の低い『絵本太閤記』)。これでは史料に基づいて従来とは違う武将像を提示したいのか、面白いエピソードなら巷説でも創作でも関係ないのか、著者がどのようなスタンスで武将を描きたいのかが、まったく見えてこない。
著者は、成政が側室を惨殺する時に「鮟鱇斬り」をしたものの、「具体的にどんなやり方なのかわからない」という。著者は坂本龍馬を敬愛しているらしいが、龍馬と同じ幕末に描かれた無残絵の中には、(成政が直接の題材ではないが)「鮟鱇斬り」を描いた作品はいくつもあるのに、なんで調べないのだろうと素朴な疑問を持ってしまった。
第二章の「悲劇的なお姫様の話」は、まだマイナーな人物がいるので目新しい部分もあるが、全体のトーンが戦国の姫君=政略結婚の犠牲者という図式なので、歴史認識が古すぎる。参考資料一覧に司馬遼太郎の歴史小説が入っていたが、司馬と同じ「近代説話」の同人だった永井路子が、丹念な史料調査で戦国の政略結婚が女性の犠牲のうえに成り立ったとの通説を、四〇年近くも前に打ち破っているので、本当に「残酷でせつない戦国の世界」を書きたいのなら、もう少し勉強が必要ではないだろうか。
基本的に“辛口批評”はしない方針だが、あまりに安易なブーム便乗本なので、さすがに批判しなければならないということで取り上げた。もちろん☆。
ここ数年、毎年、大河ドラマ関連本を作っているので、ブーム便乗本を否定するつもりはないが、ただでさえ世間様から“安易な”と批判されかねない本を作っているのだから、もっと真摯にテーマと取り組んで欲しいと、自戒も込めて結んでおく。批判ばかりになってしまったので、著者が戦国武将への愛を語った『本当のイケメン武将はだれ?』や、映像化された戦国作品を語る「戦国ドラマ武将キャラあれこれ」は、歴史好きな若い女性が、武将のどこに魅かれているのか、(著者がいわゆる歴女のスタンダードではないことは承知しているが)その一端がうかがえ、純粋にエッセイとして楽しめた、と最後に少しフォローも入れておこう。
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